更新日:2024年10月03日
WHOの緊急事態宣言も終了し、日本国内でも新型コロナが5類に移行した2023年。インフレの中でも経済活動の正常化に伴い、個人消費は緩やかな回復傾向を見せました。
また、世界経済は、政策金利の高止まりが続き高インフレが継続する中で、米国経済は減速懸念があるなか堅調に推移しているものの、欧州経済の景気減速は顕在化してきています。また、中国経済は不動産市場の調整が長引く中で消費マインドは低迷し、景気回復が鈍い傾向が見られます。
時計業界にとって2023年はどんな1年だったのでしょうか。
それを紐解く鍵が、先日発表されたスイス時計協会(FH)の年次レポートと、「モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)」とスイスのコンサルティング会社「LuxeConsult」のスイス時計業界の最新調査レポートありました。
このレポートはブランドから直接提供された数字ではなく、あくまでも推定値ではありますが、非常に有用性があるとされています。
本ブログではこのレポートをもとに、スイス時計業界の最新動向と推定販売収益によるランキングをご紹介します。
モルガン・スタンレーとLuxeConsultによると、2023年のスイス時計ブランド上位50社の推定総売上高は360億スイスフランで、市場全体の小売総額は約500億スイスフランと推定されています。
2023年のスイス時計産業の輸出総額は、過去最高を記録した昨年からさらに7.6%伸び、267億スイスフランという記録的な数字を達成しました。腕時計の輸出本数は昨年から110万本増加となる1,690万本、輸出額は255億スイスフラン(7.7%増)に達し、昨年から引き続き回復基調が続いていることが読み取れます。
また、高級化は衰えることなく続いており、25,000スイスフラン以上の価格の時計が成長の69%を牽引し、スイス時計輸出総額の44%を占めています。ただし、このセグメントはユニット数で総量の 2.5% にすぎません。長期的に高級化が進み、数量が減少する傾向が続いているのです。2000年代初めには、現在の2倍にあたる3000万本近くの時計が輸出されていました。
スイス時計の輸出先は、欧州市場が30%、アメリカ市場が19%、アジア市場がほぼ半分の49%を占めました。
2023年スイス時計の市場別輸出分布 ---スイス時計協会発行 ”Total value by market and by region”を元にピアゾが作成
2021年と2022年と二桁成長を示した米国への輸出は2023年も活況を呈し、7%増となりました。 中国は世界平均と同様の成長率(+7.6%)を記録しましたが、2021年比-6.9%と、以前の水準までは戻っていません。3年間続いた衛生規制により市場が記録的な低水準まで落ち込んでいた香港(+23.4%)は、規制解除により目覚ましい回復を見せました。日本(+7.7%)は平均並みです。
なお、機械式時計が輸出売上高の増加のほぼ80%を占める一方、輸出本数ではクォーツ時計が増加分の4分の3を占めています。半数以上はステンレススティール製ウォッチですが、2023年は本数(+0.4%)、輸出額(+1.4%増)ともに停滞しており、輸出による売上高は、主に貴金属時計(+9.2%)とバイメタル時計(+11.2%)に支えられた形です。
エントリーレベルではスマートウォッチの台頭も顕著です。2023年には合計約 8,000 万個(全体で~約1億 4,000 万個)の高級スマートウォッチが世界中で販売されました。昨年輸出されスイスの時計は合計1,690 万個です。同価格帯で対抗できるのはスウォッチとティソぐらいのものでしょう。
そして興味深いバロメーターとして、2022年にピークを迎えた中古価格は以後下落し続けています。モルガン・スタンレーによれば、2021年は39%上昇し、2022年は9%下落、2023年の流通価格は13%下落したとのこと。
早速「2023年スイス時計売上ランキングトップ20」を見てみましょう。
Source : LuxeConsult, Morgan Stanley Research estimates. Note: this chart cannot be reproduced without Morgan Stanley’s express authorization
今年発表されたランキング表で2022年と比較すると、なんとTOP9位まで変動なし、という結果に。(ただ昨年のランキングは確か8位がIWC、9位がブライトリング、10位がヴァシュロンコンスタンタンだったはずで、それ以下も微妙に違っていて、ちょっと「?」な部分がありますが)今年のランキングについてざっと見てみましょう。
1位は絶対王者ロレックス。昨年のスイス時計レポート関連ブログで「ロレックスは、いよいよ年間売上100億スイスフランも射程圏内に。」とお伝えしましたが、あっさりと現実となってしまいました!
ロレックスは、富裕層の顧客からの継続的な需要により小売市場シェアを30%強まで伸ばし、売上高101億スイスフラン(約1兆7300億円)を達成。
続くカルティエ、オメガ、オーデマ・ピゲ、パテック・フィリップもランキングに変動はありませんが、2位のカルティエが31億スイスフランと大幅な増収を記録したのに対し、3位のオメガは26億スイスフランに止まり、市場シェアも0.3%低下。4位オーデマ・ピゲが24億スイスフラン、5位パテック・フィリップが21億スイスフランと続きます。
レポートでは、「ビッグ 4」としても知られる独立系ブランド、ロレックス、パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、リシャール ミルが業績好調で、カルティエとオメガという上場企業が所有する2つの高業績ブランドを除いても、このビッグ4だけで市場の44%近くを獲得しており、 中古市場でのプレミアムが低下しているにもかかわらず、「待機リストのさらなる長期化によって証明されるように、需要は過去最高に近い」と指摘されています。
タグ・ホイヤー、IWC、ウブロ、パネライ、チューダーはいずれも1~2つ順位を下げ、エルメス、ティソは順位を上げています。
そして、昨年19位にランクされたブランパンはトップ20から脱落し、その代わりに同じスウォッチグループに属するエントリーレベルのブランドであるスウォッチが13位に登場しました。その主な理由は、昨年推定200万本以上が売れた「ムーンウォッチ」の成功によるものであることは明らかですが、スウォッチは2023年にブランパンの「フィフティ・ファゾムズ」の安価版も提供しており、それがブランパンの売上ではなく、スウォッチの勢いを押し上げるだけとなったのは皮肉ですね。
またヴァシュロン・コンスタンタンは、初めて10億スイスフランを突破し、8位にランクインしています。最後に、ショパールは2年目の20位をキープしています。
Source : LuxeConsult, Morgan Stanley Research estimates. Note: this chart cannot be reproduced without Morgan Stanley’s express authorization
一方、独立系時計ブランドが目覚ましい成長を記録し、F.P.ジュルヌが37位(9800万スイスフラン)、H. モーザー38位(9300万スイスフラン)、グルーベル・フォルセイ49位(売上5000万スイスフラン)と、このランキングが始まって以来、初めてトップ 50 に入りました。
スイスの時計産業は、ロレックス、カルティエ、オメガ、パテック・フィリップの上位4つのブランドだけで総売上の50.2%を占め、さらに75%を13ブランド、90%を25ブランドが占める 、という二極化が進んでいる状況です。また、小売市場でのシェアを見ても、その傾向は明らかです。
Estimated market share by brand in 2023 (retail value) – Source: LuxeConsult, Morgan Stanley Research estimates. This chart cannot be reproduced without Morgan Stanley’s express authorization
小売市場でのシェアにおいてもロレックスは30%超と圧倒的で、モルガン・スタンレーのアナリストとLuxeConsult社は、ロレックスの現在の市場シェアを "前代未聞 "と呼んでいて、市場の二極化はこれまで以上に強まっています。「各分野でこれほど支配的な地位を主張できる高級ブランドは他にない」と述べています。例えば、フランスの高級ブランド「ルイ・ヴィトン」の昨年の高級ハンドバッグ市場でのシェアは約19%だったといいますから、30%という数字がどれほど凄いものかは推して知るべし、です。
この小売市場シェアにおいてもう1つ注目すべき点は、オメガの7.49%に対しカルティエが7.54%に達し、初めてカルティエがオメガを上回った、という事実です。両者の差が広がっていくのか、オメガが盛り返すのか、今後の注目ポイントの1つです。
それでは以下に、2023年スイス時計業界の推定売上高ランキングの上位10ブランドについてさらに詳しくご紹介します。
スイス高級時計業界の不動の王者ロレックスが、2023年も推定売上高ランキング堂々の第1位でした。2023年におけるロレックスの推定売上高は、101億スイスフラン。2位のカルティエも絶好調だったにもかかわらず、その差は約70億スイスフランで、なんと前年よりも差を広げています。
ロレックスのエントリーブランドであるチュードルが販売不振により順位を下げたとはいえ、市場のリーダーであるロレックスは推定市場シェア30%以上となっており、驚くべきことに、2023年推定売上高ランキング2位~5位にランクインした4つのブランド(カルティエ、オメガ、オーデマ ピゲ、パテック フィリップ)の売上高をすべて足しても、ロレックスの売上高には届きません。日本円にして1兆円を軽く超える売り上げを叩き出すロレックスは、世界の高級時計業界においてもはや向かうところ敵なし。レポートの中でも、「各分野でこれほど支配的な地位を主張できる高級ブランドは他にない」と驚きを持って伝えられています。
ロレックスは2023年3月に新作を発表、新キャリバーを搭載してデイトナ、スカイドゥエラーを一新。40mmサイズのエクスプローラーI、GMTマスターIIのYGモデル、カラフルなオイスターパーペチュアル ”セレブレーション”やデイデイト”パズル”、ヨットマスター42 RLXチタンなど数々の新作が追加されました。
ロレックスは2023年124 万個の時計を生産し、サブマリーナ等のSSモデルを増産して(実感は湧かないものの)待機リストをやや解消した、とも報じられています。
2022年には正規店での認定中古時計販売を始めましたが、その筆頭格である老舗時計店ブヘラを買収した、というニュースもありました。
一方、2023年末には正規代理店によるオンライン販売を10年以上にわたって禁止していたとして、フランスの競争委員会から9160万ユーロ(約143億円)の罰金が科された、と報じられ、今後公式オンライン販売に動きがあるのかどうかも注目されています。と言っても、オンライン販売なんて始めたところで、転売の動きに拍車をかけるだけで、一般消費者に恩恵があるかは相当怪しいものでしょうが。
売上増加の背景にはもちろん値上げの影響もあるでしょう。ロレックスは2023年1月に2~3%前後、9月に約10%と大幅に値上げしています。2024年1月にも値上げを実施しましたから、今後も売上増加傾向は続きそうですね。
モルガン・スタンレー発表による2023年の推定売上高ランキング第2位は、カルティエでした。カルティエの売上高は31億スイスフランで、3年連続の2位です。2022年の売上高が27億5,000万スイスフランスイスフランでしたから、約3.5億スイスフラン以上も売上を伸ばし、前年度よりさらに成長率を伸ばしています。
さらに2023年4月に実施した価格改定(値上げ)の影響もあるでしょう。1位のロレックスには大きく及ばないものの、相変わらずの大健闘ぶりです。
カルティエの時計部門は宝飾品の11%増と比べると若干不振ながらも、8%増の31億スイスフランで売上高を達成しました。これは業界平均を上回っており、市場シェアにおいても、カルティエは初めてオメガ(7.49%)を上回り、7.54%に達しました。
徐々に存在感を高めている印象のあるカルティエ。日本でも没入体験型イベント「TIME UNLIMITED - カルティエ ウォッチ 時を超える」を開催するなど、有名人を多数起用した積極的なプロモーションも功を奏しているのかもしれませんね。
オメガの2023年推定売上高は26億スイスフラン、前年比4%増で好調とは言えるものの、業界全体やスイス時計の輸出統計をわずかに下回る結果に。業界の重鎮であり、スウォッチグループのトップブランドであり続けているにもかかわらず、市場シェアでは2022年の7.8%から2023年には7.5%に低下し、カルティエの後塵を拝することとなりました。
2022年に時計界を席巻したスウォッチとのコラボモデル「ムーンスウォッチ」のデザインをベースに、2023年はMoonshine ™️ Goldを針に使用した「MISSION TO MOONSHINE GOLD(ミッショントゥムーンシャインゴールド)」を発表。引き続き注目を集めましたが、本家の新作は「スピードマスター スーパーレーシング」、「シーマスター“サマーブルー”」など、幾分パッとしない印象でした。売上伸長には2023年中に複数回実施された値上げの影響も大きいのではないでしょうか。
オメガは2023年2月1日にほぼ全てのモデルで6~7%前後、6月に再び約7%前後、さらに2023年9月に平均7.5%程度の値上げを実施しました。2024年もすでに3月にゴールドモデルを2~3%値上げしていますから、こちらも次年度の売上に影響が出ることとなるでしょう。
俳優ダニエル・クレイグが「匂わせ(?)」で話題を呼んだ、ホワイトダイアルの「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」を2024年3月に発売していますので、こちらがまた起爆剤となるのかどうか、期待したいところです。
2022年に引き続き4位をキープしたオーデマ・ ピゲ。2022年のオーデマ・ピゲの推定売上高は、23億5000万スイスフランでした。2022年はブランド史上最高の売上高20億スイスフランを記録した年でしたが、2023年はまたも売上高が約18%も増加し、さらに記録を更新する結果となりました。
オーデマ・ ピゲももちろん値上げを実施していますが、やはり数年予約待ちしても入手は困難と言われ、資産価値も上がるばかりの「ロイヤルオーク」や、発売から数年経って人気が定着してきた「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」が売上を牽引しているのでしょう。「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラコンプリケーション ユニヴェルセル RD#4」は、時計業界のオスカーとも呼ばれる「GPHG2023(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)」にて、最も優れた時計を表彰する「金の針賞」に選ばれています。
2023年に発表されたモルガン・スタンレーの推定売上高ランキング5位はパテック・フィリップでした。2022年の推定売上高は18億スイスフランで躍進し、2023年はさらに20億5000万スイスフランと、約14%の伸びを記録しています。
パテック・フィリップは2023年6月に「パテック フィリップ・ウォッチアート・グランド・エキシビション 東京2023」を開催し、6つの東京限定モデル発表。もはや認知度を高める必要もないほどの有名ブランドではありますが、連日多くの人が訪れ、人気・注目度の高さがうかがえました。
人気のラグスポ、ノーチラスはウェイティングリストに入ることすら困難な状況で、圧倒的な資産性から投資目的で購入を希望する層も多く、入手難易度はMAX。2023年8月1日に価格改定していますが、2024年もこのまま好調を維持することは間違いないでしょう。
2023年推定売上高ランキング第6位は、リシャール・ミルがキープ。売上高は2022年の13億スイスフランから今回も順調に伸び、15億4000万スイスフランを記録しました。
リシャール・ミルは2001年に誕生した比較的新しいブランドですが、億超えも珍しくない超高価格帯の腕時計を展開しています。主にアメリカで人気ですが、その独自のコンセプトとステータス性から、日本でも富裕層を中心に販売数を着々と伸ばしています。
2023年の第95回アカデミー賞授賞式で、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』にて主演女優賞を受賞したミシェル・ヨー(Michelle Yeoh)さんが、リシャール・ミル Ref. RM07-02を着用されていたことも記憶に新しいところ。
そもそも生産数も少ない上に、おいそれと誰もが買える価格の時計ではないからこその希少性。次点のロンジンは手頃な価格帯で中国市場などでの販売数の多さで勝負しているブランドですから対照的ですね。リシャール・ミルはインフレにあって世界的にラグジュアリーブランドがよりプレミア化している潮流にうまく乗っているように見えます。
2023年推定売上高ランキング第7位は、ロンジンがキープ。2023年の推定売上高は11億1000万スイスフランを記録。売上高10億スイスフランを達成したブランドとして名を連ねることはできたものの、2023年の売上高は2022年から約6%減少しました。
オメガに続く、スウォッチグループ第2位のブランドであるロンジンは、ここ数年売り上げ減少傾向が続いています。売上高減少の理由として、依然としてロンジンが中国市場に過度に依存している点が挙げられます。かつては「世界の工場」として栄えた中国経済もパンデミック以降低迷しており、富裕層が国外へ続々と脱出しているとも伝えられています。統制強化を背景に企業の海外脱出も増え、海外からの直接投資は減少し、この機運が一気に変わるのは難しいように思われます。ロンジンは次の一手が打てるか、勝負どころですね。
2023年推定売上高ランキング第8位は、260年以上の歴史を誇る世界最古の時計ブランド、ヴァシュロン・コンスタンタンがランクイン。2023年の推定売上高は昨年から18%増の10億9700万スイスフランとついに大台に乗り、”10億スイスフランクラブ”に加入した、と伝えられています。
カルティエに続くリシュモン グループ第2のブランドとして堂々たる結果ではありますが、小売市場シェアは2.7%で、「世界三大時計ブランド」としてライバル視されるパテック・フィリップの5.6%にまだ及びません。
スポーツラインのオーヴァーシーズからエレガントなドレスウォッチ、歴史感じるヒストリーク、老舗の矜持溢れるレ・キャビノティエまで、幅広いラインナップを展開するヴァシュロン・コンスタンタン。最近ではネオ・ヴィンテージ・モデルの魅力に中古市場が注目し始めています。ターゲットを分散し、積極的に若い層を取り込む戦略に移行したことも功を奏しているようですね。
また、まごうことなき高級腕時計ブランドながら、必ずしも大口顧客であったり、CEOと親友であったり(?!)する必要はなく、比較的門戸が開かれていることも、行き先のない時計投資の余剰マネーがこのブランドへ流れうる状況を生み出した、と考えるのは邪推でしょうか。
2022年に続き、2023年も推定売上高ランキング第9位をキープしたブライトリング。ただし推定売上高は8億7000万スイスフランと昨年から売上高の伸びは +1% にとどまり、販売量ではマイナス (-4%) となりました。2022年が前年比25%増という好調な業績だっただけに、今回は物足りない結果とも言えるでしょう。
2017年にプライベート・エクイティ会社、CVCキャピタル・パートナーズに買収されて以来、売上高と最終利益の驚異的な成長を続けてきたブライトリングですが、プレミアム・セグメントでは停滞しています。モダンでレトロな製品デザイン、サステイナビリティ、デジタル化を柱に製品やサービスを展開していますが、今一つインパクトに欠ける印象は否めません。
ブラッド・ピットやヴィクトリア・ベッカムなど有名人を起用して積極的な広告活動も行っているブライトリング。
ブランド創業140周年となる2024年はテコ入れとなる戦略が打ち出し成長をキープできるかどうか、瀬戸際ですね。
2023年推定売上高ランキング第10位はティソです。 中国市場の低迷により昨年は11位とトップ10圏外へ転落していましたが、「PRXシリーズ」の成功と中国市場の再開がティソの回復に拍車をかけ、2023年は見事に返り咲きを果たしました。売上高は前年比14%増加、8億2500万スイスフランに達しました。
2021年に再デビューさせた「ティソ PRX」は、ラグスポブームを追い風に、スポーティなデザイン、堅実な作りと老舗ブランドらしい完成度の高さを武器に、登場からわずか2年でブランドの主要コレクションへと成長。現在ではティソの年間生産本数の4分の1を占めているとも言われています。男女問わず選べる幅広いバリエーションと圧倒的なコスパ、流行を抑えたカラーリングなどマーケティング力を感じますね。
ただティソも中国市場への依存度が高めのブランド。より一層の飛躍には中国市場の回復が必要となるかもしれません。
トップ10以下は、11位にIWC、12位にウブロ、13位にスウォッチ、14位にジャガー・ルクルト、15位にタグ・ホイヤー、16位にエルメス、17位にチューダー、18位にパネライ、19位にブルガリ、20位はショパールでした。エルメスが順位を上げてきていますね。
エルメスの売上高は+11%と堅調な伸びを示し、2ランクアップの16位となりました。エルメスは、時計業界で高級ブランドとして成功するためにはどのような戦略が必要かを同業他社に示しています。
エルメスは機械式時計に進出し、平均販売価格を大幅に引き上げました。女性用クォーツしかなかったのは一昔前。今は芸術性の高いドレススォッチから、複雑機構搭載モデルまで、「アルソー」「スリム ドゥ エルメス」「エルメスH08」など幅広く展開し、時計愛好家を十分に納得させる製品をリリースしています。
このプレミアム化戦略のおかげで、エルメスは目覚ましい成長を遂げ、主に卸売りから自社小売りにシフトすることも効果を上げています(2023年には90%)。
バッグの世界でもエルメスと肩を並べるルイ・ヴィトンが、主にクォーツやエントリーレベルの機械式ムーブメントを大量に廃止し、自社製マニュファクチュールムーブメント搭載モデルをかなり高価格帯に押し上げ、エルメスと同じ”プレミアム戦略”的な道を歩んでいることは注目に値します。
2023年に発表した19,000スイスフラン(日本定価 261万8000円)の新しい”ラグスポ”のタンブールには、ブランドがコレクターズウォッチを目指す野心が見え隠れします。戦略の転換により、昨年は売上が横ばいにとどまったものの、直営店での完売率は100%と、滑り出しは上々のようです。
指揮を執るのは、LVMHの会長兼CEOでベルナール・アルノー氏の四男にしてウオッチ部門ディレクターのジャン・アルノー氏。タグ・ホイヤー研究所やマクラーレン・レーシング、モルガン・ スタンレーで職務経験を積んでおり、また自身も時計コレクターとして若いながら時計への造詣も深く、その大胆かつクリエイティブな手腕に今後も期待がかかります。
Estimated retail market share by group in 2023 – Source: LuxeConsult, Morgan Stanley Research estimates. This chart cannot be reproduced without Morgan Stanley’s express authorization
スイスの高級時計ブランドは350ほど存在しますが、業界自体はロレックス、スウォッチ・グループ、リシュモン、LVMHという4つの主要なグループによって支えられています。この4つのグループだけで、小売市場全体の実に75%以上のシェアを占めています。ここでは、スイス時計業界のグループごとのシェア率をご紹介します。
2024年2月に発表されたモルガン・スタンレーの年次調査報告書を見ると、ロレックス、パテックフィリップ、オーデマ・ピゲ、リシャール・ミルなどの独立系ブランドのシェア獲得が目立ちます。
推定小売市場シェア率では、スウォッチ・グループ、リシュモン、LVMHがいずれもポイントを下げる中、やはり絶対王者であるロレックスの好調ぶりは顕著で、シェア率は31.9%と、2022年と比べて1ポイントアップしました。このシェア率は、ロレックスのディフュージョンブランド・チューダー(TUDOR)も含まれています。
2023年のチューダーの売上高は5億4500万スイスフランで、前年比-4%と振るわず順位を2つ下げましたが、売上の約94%をロレックスが占め、残りのわずか約6%がチューダーであることを知れば、ロレックスの優位性が揺らぎようもないことは自明の理です。
スイス時計業界で2位のシェア率を誇るのは、世界最大の時計グループであるスウォッチグループです。スウォッチグループの傘下には、オメガ、ロンジン、ティソ、ブランパン、ブレゲなど多数のブランドがあり、基本的には4つの価格帯の種類があり、ラグジュアリ、ハイレンジ、ミドルレンジ、ベーシックレンジに分けられています。
スウォッチ・グループの2023年売上高は、恒常為替レートで12.6%増、実勢レートで5.2%増の79億スイスフランとなりました。
前年から引き続き、オメガとスウォッチのコラボレーションモデルである「ムーンスウォッチ」の目覚ましい成長の恩恵を受けました。「ムーンスウォッチ」はブランドの売上高の73%を占め、その総額は6億6,000万スイスフラン、前年比63%増という目覚ましい伸びを示し、トップ50の全ブランドの中で最大の伸びを示しました。
また、PRXシリーズで成功を収めたティソも売上に大きく寄与しています。スウォッチ グループは、エントリーおよび中価格帯セグメントの販売量に主に貢献しており、全体の販売量シェア 72% を占めています。
しかしながら、スウォッチグループのシェア率は2022年が19.8%だったのに対し、2023年は19.4%とわずかながら減少。実はここ数年縮小し続けており、その要因としては、やはり中国市場の低迷が挙げられるでしょう。グループ第2位のブランドであるロンジンの中国市場への過度な依存は、以前から問題視されているところです。
FHSのレポートによると、2022年の市場の混乱の後、中国(+7.6%)が世界平均と同様の成長率を記録し復調の兆しがあるものの、2021年と比べると-6.9%となっており、いまだ以前の水準までは戻っていません。
2024年も中国経済は楽観できる状況にはなく、ここからさらにシェアを伸ばす(もしくは維持する)のはなかなか難しい状況かもしれません。
また、ブレゲ、ブランパン、ジャケ・ドローといった高級ブランドの業績不振によってマイナスの影響を受けました。
シェア率19.5%を占めるリシュモングループ。2023年の推定売上高ランキングには、稼ぎ頭のカルティエが2位に、ヴァシュロン・コンスタンタンが8位にランクインしたものの、IWCがトップ10圏外へ転落しました。
リシュモンは2023年12月期第3四半期累計の売上高を、恒常為替レートで8%増、実際の為替レートで4%増の158億ユーロと発表しました。
※のちに2024年3月通期決算では売上高が前期比3.3%増の206億1600万ユーロ(約3兆4841億円)と発表。
リシュモン グループには、パフォーマンスにおいてブランドで明暗が分かれています。A. ランゲ&ゾーネ、ヴァシュロン・コンスタンタンは成長傾向、ジャガールクルトは2022年から14位をキープしていますが、主力ブランドの1つであるIWC は売上高が 13% 減少しており、推定7億2,600万スイスフランとなりました。
ジェンタデザインで復活したインヂュニアなど、魅力的な新製品を発売したにもかかわらずこのような結果に至ったのは、価格ポジショニングのミスが原因であると考えられています。IWCは2023年だけで3回も価格改定を実施し、かなり値上がりしています。オメガやブライトリングなどの競合ブランドは、より競争力のある価格を提供しており、消費者の厳しい目に対する意識が少し甘かったのではないでしょうか。
ちなみにパネライにも同じ傾向があり、2022年より2つ順位を下げています。
LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループの市場シェア率は5.8%で、2022年より-0.5%となりました。 LVMHグループにはウブロ、タグ・ホイヤー、ゼニス、ブルガリ、ルイ・ヴィトン、ショーメなどの高級時計ブランドが名を連ねています。
2023年のモルガン・スタンレーの推定売上高ランキングには、12位にウブロ、15位にタグ・ホイヤー、19位にブルガリがランクインしています。2022年からウブロはキープ、タグ・ホイヤーは2つ順位を下げ、17位となりました。
LVMHグループ全体での2023年度決算によると、売上高は前年度比9%増の861億5300万ユーロ(約13兆7915億円)、営業利益は同8%増の228億200万ユーロ(約3兆6579億円)と、前年度に比べて伸び幅は落ち着いたものの、引き続き増収増益を達成しています。部門別で見ると、最も増収率が高かったのは、高級免税グループ「DFS」や「セフォラ(Sephora)」を擁するセレクティブ・リテーリング部門ではありますが、ウォッチ&ジュエリー部門の売上高は前年度比3%増の109億ユーロで、過去最高を記録しました。
パンデミック後の好調から一転して、2024年の時計産業は平常に戻り、ほとんどのアナリストは成長率はわずかに増加か、あるいはわずかにマイナスになるだろうと予想しています。
今年に入り、一部の時計メーカーでは既に明らかな製造の減速がみられ、景気後退の影響を真っ先に受ける下請け企業の多くは、発注を延期せざるを得ない状況に置かれています。
低迷する経済情勢による高級品市場への影響は今のところ限定的かと思われますが、それでもあらゆるレベルで消費マインドに影響を及ぼしており、特に成長が鈍化しているブランドは慎重な予測が必要となるでしょう。
加えて、スイスフランが高水準で推移しており、特にエントリーおよびミッドレンジのカテゴリーにおいては大きな足かせとなりそうです。
2023年のスイス時計業界は、ロレックス、カルティエ、オメガ、パテック・フィリップのトップ4ブランドだけで総売上の過半数を占め、二極化がより顕在化しました。
例年同様、ロレックスを筆頭に、パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、リシャール ミルなどの大手非公開ブランドが市場シェアを獲得し続け、収益性も高めています。上場企業の中でも、エルメス、ヴァシュロン・コンスタンタン、スウォッチの業績は目を見張るものがあります。
一方、安易なラグジュアリー戦略か、不釣り合いと思しき値上げを行ったブランドは一時的には利益を得る可能性があるものの、消費者はこれまで以上に情報通かつシビアになっていて、不当な値上げを看過することはないでしょう。
日本のシチズン、カシオといったブランドにも共通することですが、リーズナブルな価格帯の主力にするブランドは中国経済の影響を受けやすく、苦境をやや脱しつつあるものの、完全回復に至るにはまだ困難が続きそうです。
3社の第3四半期決算資料を分析したうえで、各社のトピックスや今後の販売戦略について紹介します。