更新日:2023年08月28日
スイスを代表する高級腕時計ブランドであるロレックス(ROLEX)が、ヨーロッパとアメリカに100以上の販売拠点を持つ世界最大級の時計販売店のひとつであるブヘラ(Bucherer)を買収した(あるいは買収しようとしている)、という衝撃的なニュースが飛び込んできました!
ブヘラの買収によって、ロレックスは(世界最大とは言わないまでも)最大級の時計の小売・流通ネットワークを統合することになります。
ロレックス値上げ前に世の皆様が戦々恐々とするなか(?)、気になるのは「この買収が今後のロレックス販売にどのような影響を及ぼすのか?」という点ですね。
今後もブヘラは社名を維持し、独立経営を継続する、と発表されてはいますが、今回のロレックスの買収劇にはどんな背景があったのでしょうか?そして今後の販売にどのような影響があるのでしょうか?
ブヘラは1924年以来、ロレックス・マニュファクチュールの正規販売店として100年近い長い歴史を共有してきたパートナー。昨年、正規店での認定中古腕時計販売を開始する際も最初のパートナーとして選ばれたのはブヘラでした。このニュースで「ブヘラ」を知った方も多いことでしょう。この統合は、ロレックスにとって”流通と販売”が今日の時計製造ビジネスにおける重要なテーマであることを明確に示すものでもありました。
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ブヘラは、スイス、米国、英国、ドイツ、フランス、デンマーク、オーストリアに店舗を持つ、時計と宝飾品の国際的なマルチブランド小売業者です。2018年に買収したトゥルノーも所有しており、最近では、北米最大の時計小売店であるラスベガスのタイムドームをリニューアルオープンさせるなど、米国市場で大規模な事業拡大を進めています。
ブヘラが持つ世界中に100以上ある販売店のうち、53店舗がロレックスブランド、48店舗がロレックスの姉妹会社であるチュードルブランドを販売しており、
それらは両ブランドの公式アフターサービスセンターでもあります。
時計修理工房では、ロレックスのトレーニングを受け、高い資格を持つ時計職人が働いています。
ブヘラは年間約20億スイスフランの売上を誇り、そのほぼ3分の2はロレックスとチュードルの時計販売によるものです。 ブヘラはロレックスにとって最大の小売パートナーであり、ロレックスの推定売上高100億スイスフランのほぼ10%を占めているのです。ブヘラが世界で初めてロレックス認定中古時計プログラムに着手したのは至極当然のこと、ということもお分かりいただけるでしょう。
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一方、意外に思われるかもしれませんが、現在、ロレックスが自社で所有し運営する店舗はジュネーブにある1店舗のみ。 この買収によりロレックスとしては、初めて自社店舗で広く販売する道が開けることになります。
1992年から16年間、ロレックスのCEOを務めたパトリック・ハイニガーは、主要なサプライヤーを買収する垂直統合戦略を進めました。信頼できる長年のパートナーをロレックスがグループに統合していくことは周知の事実なのです。それでも「小売店」を買収した、というのは今までになかった戦略です。
約100年に渡るプロフェッショナルな関係で、お互いの成功に貢献してきたロレックスとブヘラ。今回、ロレックスがブヘラの買収に至った理由については、ロレックスの声明にて、
「一族経営の会社の3代目リーダーであるブヘラ会長のイェルク・ブヘラ氏は、直系の子孫がいないことを理由に事業の売却を検討していたことから、この小売業者を買収する決断をした」、と説明されています。
また、ロレックスは声明の中で、ブヘラは社名を維持し、独立した企業として運営を続ける、とも述べています。
さらに、「この動きは、ジュネーブを拠点とするブランドがブヘラの成功を永続させ、1924年以来両社をつないできた緊密なパートナーシップの絆を維持したいという思いを反映したものです」とも述べており、ロレックス・グループは、「この買収が自社ブランドだけでなく、すべての時計・宝飾品パートナー・ブランド、そしてブヘラ・グループの全従業員にとって最善の解決策であると確信している」と声明で明らかにしています。
イェルク・ブヘラ氏は、ロレックスの創業者であるハンス・ウィルスドルフと知り合い、共に働いたことのある人物。彼はブヘラ・グループの名誉会長として残り、経営陣に変更がないことも明らかにされています。
ここで面白いのは、スイス企業はスイス以外の企業に経営権を譲渡することを好まない傾向があり、スイスのものをスイスに留めようとする非常に強い文化的圧力があるらしい、ということです。ブヘラが正規販売店として取り扱っている高級腕時計ブランドは実に多岐にわたり、その中にはこの巨大企業であるブヘラを買収できるだけの財力のあるブランドがロレックス以外にも存在していたはずです。ここでロレックスが名乗りを上げ、そして選ばれたのは、やはり長きに渡る信頼関係の深さによるものでしょう。
声明から察するに、ロレックスは現状を尊重する方針であり、ビジネスチャンス、というよりは、ブヘラの”守護者”としてこの買収に臨んだことが窺えます。
買収額等の売却の条件は非公開で、この買収にはスイス競争当局の承認が必要となっています。
ロレックスが時計小売店のブヘラを買収すると発表したことで、イギリスに本社を置き、欧米で広く展開している大手時計小売店であるウォッチズ・オブ・スイス・グループ(The Watches of Switzerland Group、WOSG)の株価が最大30%下落し、時価総額約5億ポンド(6億2900万ドル)が吹き飛ぶという、過去最大の下げ幅を記録しました。
ブヘラがロレックスとの提携を通じて市場シェアを拡大するのではないかという市場の懸念がダイレクトに表れた結果でしょう。
ブヘラもロレックスも非上場企業ですが、英国最大手のウォッチ・オブ・スイス・グループはロンドン証券取引所に上場しており、時価総額は約16億8000万ポンド(約21億2000万ドル)です。
イギリス、アメリカ、ヨーロッパに約200ほどのショールームや7つの小売ウェブサイトを持ち、ロレックスのほか、パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲ、オメガ、カルティエ、タグ・ホイヤー、ブライトリング、チュードル、ブランパン、ヴァシュロン・コンスタンタン、パネライ、IWC、ジャガー・ルクルト、ピアジェ、ウブロ、ゼニス、ブレゲ、ボヴェ、グランドセイコーなどを正規販売店として取り扱っています。2020年にグランドセイコーとのコラボ限定エディション「グランドセイコー グランドセイコー ×ウォッチ・オブ・スイスグループ「峠」 スペシャルエディション Ref.SBGM241」をリリースしたこともありましたね。
ウオッチ・オブ・スイスは、「この買収はブヘラの後継者育成のためのものであり、ロレックスが小売市場に”戦略的な動き”をするものではない。ブヘラの事業にロレックスが経営的に関与することはない。ロレックスは社外取締役を任命する。」と改めて主張しており、ウォッチズ・オブ・スイス最高経営責任者ブライアン・ダフィー氏はインタビューで、「ロレックス幹部らは英国最大の同ブランド小売業者に対し、今後も同じ流通システムで時計を割り当て続けると保証した」と述べました。
しかし、多くの投資家はこの提携がブヘラに「ロレックスの在庫配分方法における優遇措置」をもたらすのではないか、と懸念し、ウォッチ・オブ・スイスは上述の通り市場を安心させようと努力していますが、それは聞き入れられなかった模様。歴史的大暴落に至ったのです。
実際、ロレックスが現在約束していることかもしれませんが、将来的には簡単に変わる可能性がある、と誰もが思うところでしょう。
また、近年時計業界に限らず、多くの大手ブランドが消費者に直接販売することで、顧客の嗜好をより深く知り、小売店を切り捨てることで利幅を拡大する傾向が現れているのは事実。
ロレックスも理論的にはブヘラを販売チャネルとして使うことができ、そうすればウォッチズ・オブ・スイスのような他の正規販売店に煩わされる必要がなくなるのです。
今回のロレックスのブヘラ買収は友好的なもので、経営陣に変更もなく、パートナーシップをより強固なものとする結果となるでしょう。
ロレックスは「販売ネットワークにおける他の正規販売店との関係は変わらない」としていますが、たとえ当初の目的がブヘラの現状維持という保護的なものだったとしても、世の中のすべての物事はいずれ移り変わりゆくもの。
自社による販路を得ることになるわけですから、認定中古ビジネスのさらなる拡大も予想されますし、より人気の高いモデルがブヘラに優先的に供給されるだとかいった影響が長期的に絶対にないと言い切れるのかは未知数ですね。
ロレックスは他の多くの小売店と提携しており、その数は世界中で 2,000店弱にも及ぶそうですが、ロレックスが量よりも質を重視しているため、その数は減少傾向にあると伝えられています。実際に日本国内でも、ここ数年ロレックス正規販売店の数は減少傾向にあります。そんな中でのブヘラ統合ですから、インパクトが大きいですよね。
ブヘラの自社時計ブランドである「カール・F・ブヘラ」との関係も気になります。コラボモデルやブティック限定モデルが出たり、なんて可能性もあるのでしょうか?
毎年約120万個の時計を製造・販売し、100億スイスフラン以上の売上高を誇る、と言われながらも、(少なくとも消費者側からすれば)全く需要に供給が追い付いていないロレックスですから、世界中に100以上の販売拠点を持つブヘラを所有する、ということがどう影響していくのか、注意深く見守っていきたいですね!