更新日:2023年05月19日
投資の観点から時計の資産価値を考えるために、人気ブランドランキングは気になるところですね。そこで今回はアメリカの金融機関グループ「モルガン・スタンレー」とスイスの時計産業専門のコンサルティング会社「LuxeConsult」が共同で今年3月初旬に発表した、最新の「スイス時計業界の調査レポート」と「推定売上高ランキング」をご紹介します。
アメリカの金融機関グループ「モルガン・スタンレー」とスイスの時計産業専門のコンサルティング会社「LuxeConsult」が共同で調査した、スイス時計業界の年次報告書が公開されました。スイス時計業界、および高級時計業界のトレンドがひと目でわかる今回の調査レポート結果に、驚く方もいらっしゃるかもしれません。それでは、さっそく紐解いていきましょう。
過去80年間で最低の売上高を記録した2020年は、スイス時計業界にとって史上最悪といっても過言ではないほど過酷な年となりました。世界各地で多数の店舗が休業を余儀なくされ、それまで好調だった輸出も20%以上の落ち込みを見せるなど、先行き不安に思えたスイスの花形産業。長引く新型コロナウィルスの影響で多くの業界が大打撃を受けましたが、時計業界も例に漏れず、コロナ不況の波に飲み込まれてしまったかのように思えました。
ところが、スイス時計産業連盟(FH、正式名称:Federation de l’industrie horlogere suisse)の公表によると、2021年におけるスイス時計の年間輸出額は223憶スイスフランと過去最高額を打ち出し、なんと腕時計だけで212憶スイスフランを占めたといいます。2021年度のスイス時計年間輸出額は2019年と比べて2.7%増、2020年比では31.2%増するなど、パンデミック以前の売上水準に戻ったことが明らかになりました。
このように驚くべき回復を見せたスイス時計業界ですが、とあるインタビューで「不確定要素は多いが、見通しはポジティブだ」と述べた、スイス時計産業連盟(FH)のジャン・ダニエル・パシュ会長の言葉通りになったといえるでしょう。スイス時計業界が不死鳥のように蘇ったのは、多くの人々がパンデミックのために行けなくなった旅行の資金を、高級時計の購入費用に充てたからではないかと考えられます。
輸出額の観点からすると、2014年の年間輸出額(222億5,000万スイスフラン)の記録を塗り替えた2021年は、スイス時計業界にとって記録的な年となりました。しかしながら、輸出量に関しては2019年の輸出量から490万個も減少し、1,570万個に止まったようです。この主な原因として、500スイスフラン以下の時計の輸出量が大幅に減少したことが挙げられます。低価格帯のスイス時計の輸出量が減少したのは、日本や韓国産の時計に加え、スマートウォッチにシェアを奪われ続けている影響が大きいでしょう。
2016年のスイス時計販売数は約2,500万個、そのうち1,800万個ほどがクォーツだったのに対し、スマートウォッチの販売数は2,200万個でした。ところが、2021年にはスイス時計が約1,600万個販売されたのに対し、スマートウォッチはおよそ8,000万個も販売されたと報告されています。現在、スマートウォッチ市場シェアの50%を占めているApple Watchをはじめ、シャオミやアパレルブランド発のスマートウォッチらが、高級時計の代名詞であるスイス時計業界の強力なライバルとして立ちはだかっている状況です。
スマートウォッチのように、500~3,000スイスフランの価格帯の時計販売で好調なのが、1853年創業のスイスのブランド「ティソ(TISSOT )」です。
とくにTissot PRXは、リーズナブルな価格帯のモデルとして世界的に人気を集めています。日本国内ではあまりプロモーションに注力していない印象があり、そのためか、日本での知名度が低いティソですが、これから国内でも人気が出るかもしれませんね。
モルガン・スタンレーとLuxeConsultが公開した、2021年推定売上高ランキングトップ20の中から上位7ブランド、さらに8位以下の注目ブランドをご紹介します。
売上高ランキング第1位は、スイス時計業界の絶対王者「ロレックス(ROLEX)」です。首位独走を続けるロレックスの2021年推定売上高は80億5,000万スイスフランで、これまでの最高売上高である2019年の52億スイスフランを軽く凌駕する結果になりました。2020年にはパンデミックの影響で生産停止となり収益が20%減となったといわれていますが、今回の結果を見ると、ロレックスが驚くべき復活を遂げたことがわかるのではないでしょうか。
2021年度のロレックスの売上高は、オメガやブレゲ、ブランパンなど17ブランドを有するスウォッチグループすべての売上高より10憶スイスフランも多かったといわれています。ちなみに、スウォッチグループの売上高の3分の2はオメガ、ロンジン、ティソが占めています。また、ロレックスのディフュージョンブランドとして誕生したチューダー(TUDOR)の年間売上高5億1,000万スイスフランも加算すると、ロレックスの推定売上高は85億スイスフランに。この売上高は、スイスの時計販売収益のじつに3分の1を占めます。
注目すべきは、ロレックスはヨーロッパだけではなく、全世界で大人気ブランドであるという点です。スイス時計の世界最大の市場であるアメリカでは40%のシェアを、さらに世界第5位の市場であるイギリスでは35%のシェアを誇るロレックス。ロレックスの市場シェアは、2位から6位のブランドのシェア率を合計したものと同じほどになります。これほどまでに圧倒的な地位を築き上げた高級ブランドは、ロレックスをおいてほかにありません。
売上高ランキング第2位は、カルティエです。日本でも人気のあるブランドですが、あのオメガを抜いて2位に躍り出たことに、驚きを隠せないという方も少なくないでしょう。カルティエは前年比40%増に相当する、23億9,000万スイスフランの売上高を記録しました。
カルティエといえば、ヨハン・ルパート氏が設立したリシュモングループ傘下のブランドですが、リシュモングループの時計メーカー部門の市場シェアは長年に渡って低迷気味だったといいます。
しかし、今回の調査レポートから、時計メーカー部門がジュエリー部門と同じように大きな成長を遂げたことが明らかになりました。カルティエの時計はとくに若い顧客層に人気で、高級ジュエリーブランドとしての知名度が貢献していると考えられます。このカルティエの業績のおかげで、リシュモングループは数年ぶりに市場シェアを伸ばすことに成功しました。
時計業界の世界的リーダーである、スウォッチグループきっての稼ぎ頭ブランドであるオメガ。グループ全体の営業利益の半分以上を稼ぎ出しているといわれるオメガが、2021年度の推定売上高ランキングでは第3位という結果になりました。長年、ロレックスに次ぐ順位をキープしてきただけに、今回の結果は意外に思えるのではないでしょうか。
2021年度のオメガの売上高は、22億スイスフランでした。前年の売上高が17憶スイスフランだったことを考慮すると、この数字は決して悪くはありません。しかしながら、オメガの市場シェアが、ライバルであるロレックスの市場シェアの4分の1に相当する7.5%でしかないことを知ると、スイス時計業界がいかにロレックスの独走状態であることが理解できます。
2020年には第6位だったオーデマ・ピゲですが、2021年の売上高ランキングでは第4位に上昇しました。今回、長年のライバルであるパテック・フィリップを抜いて4位になったオーデマ・ピゲの売上高は15億8,000万スイスフランで、2021年は同社史上最高となる記録的な年となったようです。
この成功は、ブティックの増加によって生み出されたものとされています。興味深いのは売上高がアップしたものの、市場シェアは4.3%から4.2%に低下した点でしょう。実情はわかりませんが、約5年ぶりにパテック・フィリップを上回る売上高を叩き出したオーデマ・ピゲにとっては、市場シェアの若干の低下など取るに足らない事柄に思えるかもしれません。
オーデマ・ピゲの売上の約90%は、ロイヤルオークとロイヤル オーク オフショアが占めています。まさにブランドの顔ともいえるロイヤルオークですが、2022年に生誕50周年を迎えることを記念して、全48種類もの50周年モデルが発表されました。それら新作はすでに入手困難なほど好調な売れ行きを見せているといいますから、引き続きオーデマ・ピゲの快進撃は続くと予測できるのではないでしょうか。
売上高第5位は、スウォッチグループ傘下のロンジンです。ロンジンの2021年度売上高は、15億4,000万スイスフランを記録しました。2020年の売上高が11億4,500万スイスフランでしたから、大健闘したといえるでしょう。
ロンジンといえば、スイス時計業界の中でも有名ブランドです。モルガン・スタンレー公表の売上高ランキングではランキング上位の常連でありながら、なぜか日本での知名度はそれほど高くはありません。堅実かつエレガントなデザインの時計が多く、日本で人気になってもおかしくはないロンジン。本木雅弘さんや内村航平さんが広告塔となったり、松坂桃李さん、吉沢亮さん、三浦翔平さんといった俳優さんと雑誌でタイアップしたりと、プロモーション活動も決して怠っているわけではないのですが、もしも日本でのプロモーションがうまくいけば、知名度も人気もグッと高まるのではないでしょうか。
2020年のランキングでは第4位だったパテック・フィリップですが、2021年は2つも順位を落として第6位に甘んじる結果になりました。2020年の売上高は11億6,000万スイスフランでしたが、2021年の売上高は15億3,000万スイスフランに。2019年の売上高14億5000万スイスフランを上回る昨年の売上高は、パテック・フィリップも含め、スイス時計業界全体がパンデミック以前の売上水準に戻ったことを意味しています。
2021年12月、パテック・フィリップは「ティファニー(TIFFANY & CO.)」とのパートナーシップ170周年を記念して、世界限定170本の「ノーチラスRef.5711/1A-018」を発表しました。ティファニーブルーのダイヤルには12時位置に「パテック・フィリップ」、6時位置に「ティファニー」のロゴが記されています。
この限定モデルは、世界的なブランドのダブルネームウォッチとして、さらには2021年限りで生産終了することになった「ノーチラスRef.5711/1A」のラストイヤーを飾るモデルとして大注目を集めました。その中の1本がオークションに出品されましたが、腕時計史上第8位の高額落札となる約7億3500万円(落札時点のレート換算)で落札されたことは記憶に新しいでしょう。
話題をさらったパテック・フィリップの市場シェアは、2020年の4.8%から2021年には5.8%に向上。とはいえ、ロレックスやオーデマ・ピゲのような華々しい成長を見せることはありませんでした。
売上高ランキング第7位は、リシャール・ミルです。2020年売上高ランキングでも第7位だったリシャール・ミルですが、2020年度の売上高7億スイスフランに対し、2021年売上高は11億スイスフランに。年商10億スイスフラン以上の名門といえば、ロレックス、オメガ、ロンジン、カルティエ、パテック・フィリップなどですが、そこに今回リシャール・ミルが加わることになりました。
2017年、2018年売上高ランキングでは第10位、2019年には第8位と、順調に順位を上げているリシャール・ミル。一見してそれと分かる個性的なルックス、ハイエンドな価格帯と言った要素がプラスに作用するのか、日本でもセレブを中心に人気が高まり、知名度もどんどん上がってきています。2022年のランキングではさらに上位を狙えるのか、今後の動向が気になるブランドです。
2021年売上高ランキングでは第8位にティソ、第9位にIWC、第10位にタグ・ホイヤー(TAG Heuer)がランクインすることになりました。今回のランキングで第13位だったヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)は、2020年から2つも順位を上げることに成功。2020年には1.5%だった市場シェアも、2021年には1.9%とシェアを伸ばしています。これは在庫を細かく管理して、需要に影響を与えるという戦略が功を奏したのかもしれません。実際、オーデマ・ピゲやリシャール・ミルもこの戦略で順調に売上高を伸ばしています。
The top 20 brands by sales from 2017-2021. Source: LuxeConsult, Morgan Stanley Research. © This graphic may not be reproduced without the express permission of Morgan Stanley.
毎年のように10位以下の変動は激しいものの、ラドーやブランパンなどがランキング圏外に姿を消した代わりに、ヴァン・クリーフ&アーペルやエルメスがトップ20に仲間入りしたことは、注目に値するのではないでしょうか。2021年売上高3億6400万スイスフランで19位にランクインしたエルメスは、73%の増収を達成しました。この驚異的ともいえる素晴らしい業績は、エルメスが常にブランドの価値を高める努力を怠らなかった証拠です。
今回ご紹介した、モルガン・スタンレーとLuxeConsultが公開したランキングはスイス時計のものですが、仮に日本のセイコーの時計部門(グランドセイコー、セイコー)が入るとしたら、どの位置にランクインすることができるのでしょうか?セイコーの時計部門の推定売上高は1,230億円ですから、スイスフランに換算するとおよそ9億スイスフラン(2022年3月時点のレート)に。もしかすると第10位にランクインできるか、できないかといったところでしょうか。いずれにしても、セイコーの時計部門がランクインできるとすれば、トップ20に名前を刻むことは十分可能のようです。
Estimated market share according to retail sales. Source: LuxeConsult, Morgan Stanley Research. © This graphic may not be reproduced without the express permission of Morgan Stanley.
モルガン・スタンレーが発表した調査レポートから、スイス時計の需要が少数のプレミアムブランドに偏っていることが判明し、大幅な二極化が進んでいることがわかります。
スイス時計業界は350ほどのブランドで構成されており、「さすがはスイスの花形産業だ!」と、そのブランド数の多さに圧倒されるかもしれません。スイスの時計産業は医薬品、工作機械に次いで第3の輸出産業であり、生産量の約95%を輸出しているスイスの主要産業です。ところが、スイスの時計ブランドの規模はじつにさまざまで、すべてのブランドが高い売上高を誇っているわけではありません。
The estimated sales and market share of the top seven brands. Source: LuxeConsult, Morgan Stanley Research. © This graphic may not be reproduced without the express permission of Morgan Stanley.
上記の表を見ると、スイス時計業界の中でもロレックスが、極めて特異な存在のブランドであることが認識できるのではないでしょうか。2020年には、販売収益をベースにしたスイス時計輸出市場シェア24.9%を記録したロレックスですが、2021年には28.8%と前年を上回り、さらにシェアを伸ばし続けています。高級時計ブランドの中でも、ロレックスが他の追随を許さないブランドであることは誰の目にも明白です。
驚くべきことに、スイス時計業界の売上高の半分は、トップ5ブランドで占められているのだとか。たとえ売上高の順位が入れ替わったとしても、市場シェアに基づく順位は変わらず、ロレックス、オメガ、カルティエ、ロンジン、パテック・フィリップが市場シェアの半数以上を占め、業界収益の53%を占めている状況です。オメガは2020年から2021年にかけて1.3%シェアを落とし、カルティエは0.2%シェアを伸ばしました。このように市場シェアに変化があったとしても、ロレックス、オメガ、カルティエはスイス時計ブランドのトップ3として君臨しています。
一方、今回の調査レポートから、スウォッチグループの中でも、低価格帯の時計を販売しているブランドが市場シェアを失っていることがわかりました。売上高ランキング上位のブランドは順調に市場シェアを伸ばしているのに対し、ほかのブランドはどんどんシェアを失っているようです。また、3,000スイスフラン以上の時計の売上が全体の73%を占めていることからも、時計を買い求めようとする顧客たちが、一部のトップブランドにのみ引き寄せられる傾向が強まっていることが明らかになりました。
新型コロナウィルスの影響で旅行の計画を中止せざるを得なくなり、代わりに高級時計を購入する人が増えたことが、2021年のスイス時計業界の回復に一役買いました。「スイスでは、さぞかしたくさんの時計が生産されているんだろう」と思う方もいるかもしれませんが、スイスの腕時計生産量は世界の生産量の2.5%ほど。しかしこれは、あくまでも生産量の話で、輸出額に関してはスイスがトップクラスです。
市場にはリーズナブルな価格帯の時計が山ほど溢れているにもかかわらず、スイス時計業界を代表する高級ブランドに需要が集中しています。例として、ロレックスを取り上げてみましょう。ロレックスは2019年に100万本だった生産量を、2021年には過去最高ともいえる105万本まで増やしました。ところが、そのほとんどが入手困難を極めており、需要が供給を大きく上回っていることがわかります。
このように高級ブランドの時計が人気を集めている理由として、多くの人々がそれらに「資産価値」を見出している点が考えられるでしょう。高級ブランドの時計を投資対象とみなしている人も少なくありません。
市場調査レポートプロバイダーの「レポートオーシャン(Report Ocean)」の調査によると、2021年~2027年にかけて、世界の高級腕時計市場は4.5%の年平均成長率(CAGR)で成長し、2027年には513億1,730万米ドルに達すると予想されます。スイス時計業界は、著しい成長が期待できる高級腕時計市場を牽引する存在です。
時計に資産価値を求める人々が増えれば、新品モデルの時計市場だけではなく、中古時計市場も活性化されます。ある調べによると、中古時計市場は200億スイスフランの規模と推定されており、新品の時計市場の半分ほどだといわれています。
興味深いことに、高級腕時計ブランドのセカンダリーマーケットを見ると、どのブランドが人気なのか一目瞭然です。また、セカンダリーマーケットにおける再販価格を見ると、一次市場での供給量の少なさがよくわかります。
ロレックスの「デイトナ」、パテック・フィリップの「ノーチラス」、そしてオーデマ・ピゲの「ロイヤルオーク」などの超人気モデルはもちろん、それら以外のモデルにおいても、希望小売価格に対して50~150%ものプレミアムがついているものがあるようです。また、コレクターたちの関心は、カルティエやフランク・ミュラーといったブランドにも向いているのだとか。
スマートウォッチに押され気味な印象を受けるスイス時計業界。しかしながら、高級ブランドの腕時計は投資対象として高い資産価値を有しますから、どれほどスマートウォッチの販売数が伸びようとその価値や人気が落ちることはありません。モルガン・スタンレーが発表した調査レポートで上位にランクインしたブランドの時計は、中古時計市場でも人気があることは間違いないでしょう。
モルガン・スタンレーのスイス時計業界の最新調査レポートは、高級時計ブランドのトレンドを知るのに役立ちます。高級スイス時計の世界市場で、ますます支配力を強めているロレックスの無敵さ加減に驚いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。ほかにも、オーデマ・ピゲやリシャール・ミルが想像以上に大健闘していたり、日本国内ではそれほど人気のないブランドが高い売上高を上げていたりするなど、非常に興味深い内容のレポートでした。数々の高級ブランドを抱えるスイス時計業界のこれからの動向に、今後も目が離せませんね。