更新日:2026年07月28日
映画に登場しない「映画の時計」——そう聞くと矛盾しているように感じるかもしれません。しかし、ハミルトンとクリストファー・ノーラン監督が新たにタッグを組んだ限定モデル「カーキ フィールド オート オデュッセイア」は、まさにその矛盾を魅力に変えた一本です。ノーラン監督が『インターステラー』『TENET テネット』『オッペンハイマー』に続いて贈るIMAX撮影の一大叙事詩『オデュッセイア』。本作にインスパイアされたこの時計は、劇中に登場する小道具ではなく、物語そのものへのオマージュとして生み出されました。今回は、その誕生背景からデザインの細部、そして「なぜ時計にならなかった物語が、こんなにも雄弁に神話を語れるのか」を掘り下げていきます。
ハミルトンは"watchmaker of filmmakers(映画監督たちの時計メーカー)"を自称するほど、これまで500本以上の映画・ドラマに時計を提供してきたブランドです。中でもクリストファー・ノーラン監督との関係は深く、『インターステラー』(2014年)の「マーフ」、『TENET テネット』(2020年)の「カーキ ネイビー ビロウ ゼロ」、『オッペンハイマー』(2023年)へのヴィンテージウォッチ協力など、幾度となくコラボレーションを重ねてきました。
しかし今回の『オデュッセイア』は、これまでとは決定的に異なるアプローチが取られています。物語の舞台は青銅器時代、機械式の時計仕掛けが存在するはるか以前の古代ギリシャ。そのため、この時計は劇中に一度も登場しません。マット・デイモンがオデュッセウスを演じ、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴらが名を連ね、ゼンデイヤやシャーリーズ・セロンも出演する本作は、北米では2026年7月17日に、日本では2026年9月11日(金)に劇場公開予定です。ハミルトンはこの神話的な世界観そのものを時計というかたちに翻訳するという、これまでにない挑戦に取り組んだのです。
ベースとなっているのは、ミリタリーウォッチの系譜を継ぐ人気モデル「カーキ フィールド オート」の42mmケース。おなじみのフィールドウォッチのシルエットを土台にしながら、ダイヤルからケースバックに至るまで、ほぼすべてのディテールがオデュッセウスの神話世界を反映するようデザインし直されています。
まず目を引くのが、ケース素材に採用されたブロンズです。スティールを採用することが多い通常のカーキ フィールド オートに対し、本作はあえてブロンズを選択。これは物語の舞台である青銅器時代の甲冑や武具を想起させる、実にふさわしいと言えます。ブロンズは使用環境によって酸化・変色し、持ち主ごとに異なる経年変化(パティナ)を纏っていく素材。時とともに表情を変えていくその特性は、何年もの歳月をかけて故郷イタケーへ帰還するオデュッセウスの旅路とも重なるようです。ケースサイズは直径42mm、厚さ10.9mmと、フィールドウォッチとして違和感のない快適なプロポーションを維持しています。
ダイヤルに目を移すと、その物語性はさらに濃密になります。ブラックのダイヤルに施されたヴァーティカルブラッシュ仕上げのテクスチャーは、オデュッセウスの兜の質感を再現したもの。そこに配されたブロンズカラーの剣型時分針は、彼が携える伝説の剣そのものを表現し、槍の穂先のような形状の秒針もまた武具のディテールを踏襲しています。さらに12時位置に配されたインデックスは、剣の鞘に使われるリベット(鋲)をモチーフにしており、細部に至るまで物語からの引用が徹底されているのが分かります。
興味深いのは、試作段階では文字盤上に時字インデックスが配置されていたものの、最終的なデザインではあえて省略されているという点です。その結果、残されたのは12時位置のリベットモチーフと、外周の装飾的なフリーズ模様のみ。インデックスを削ぎ落としたことで、この二つのディテールの存在感がより際立つ仕上がりになっています。機械式時計仕掛けはおろか、時刻を分単位で示す文化すら存在しなかった紀元前の青銅器時代を舞台にした物語であることを考えれば、この潔いまでのシンプルさはむしろ理にかなった選択と言えるでしょう。ただし機能面では現代性が損なわれていないことをお忘れなく。夜間の視認性を確保するため、指針にはグレードX1のSuper-LumiNovaが採用されており、装飾性と実用性を両立させている点もフィールドウォッチらしい配慮です。
裏側には、サテン仕上げが施されたチタニウム製のケースバックが現れます。ここにはオデュッセウスの兜の意匠とともに、クリストファー・ノーラン監督本人のサインが刻印されており、時計づくりの職人技と壮大な物語が一枚のケースバックの上で融合しています。防水性は10気圧(100m)を確保しており、フィールドウォッチとしての堅牢性もしっかりと担保されています。
映画ファンにとってはこのノーラン監督のサインがかなり胸熱ポイントですね!かく言う筆者も熱烈なるノーラン作品ファンですので、これだけでこの時計の価値が5割増しぐらいに思えます。
デザイン面での物語性が際立つ一本ですが、心臓部にはハミルトンが得意とする実用性の高いムーブメントがしっかりと搭載されています。搭載されるキャリバーはH-10。ETA C07.611(Powermatic 80として知られるベースムーブメント)をベースとした自動巻きムーブメントで、耐磁性・耐温度変化性に優れたNivachron製ヒゲゼンマイを採用しています。標準持続時間は80時間と長く、週末に時計を外していても月曜の朝にそのまま身につけられる余裕があるのは、日常使いを想定したフィールドウォッチならではの美点です。振動数は21,600振動/時(3Hz)で、3針(時・分・秒)というシンプルな表示も、道具としての時計の潔さを感じさせます。
このモデルが単なる限定ウォッチと一線を画すのは、時計本体だけでなく、劇中でオデュッセウスの妻ペネロペが夫に贈った護符「アテナのピン」のレプリカが同梱される点です。このピンはブローチとして実際に身に着けることができ、時計と合わせて着用することで、物語の世界観と観る者とを結びつける象徴的なアイテムとなっています。パッケージも黒とブロンズを基調としたデザインでまとめられ、盾を模したメタリックなエンブレムや、ノーラン監督のサインが刻まれたプレートなど、コレクターズアイテムとしての作り込みが徹底されています。単なる"映画とのコラボ商品"ではなく、衣装部門とのクロスオーバーに近い特別な体験を提供しようという意図が随所に感じられます。
本作の生産本数は世界限定2,112本。この一見中途半端に思える数字にも、実はしっかりとした裏付けがあります。ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』において、「12」という数字は物語全体を通じて繰り返し登場する象徴的な数字とされています。叙事詩そのものが約12,000行で構成されているとも言われ、トロイアへ向かった船は12隻、そしてオデュッセウスが自らの正体を証明する場面では12本の斧の穴を矢で射抜くという有名な逸話があります。ハミルトンとノーラン監督は、こうした原典のディテールを丹念に拾い上げ、単なる"それっぽい演出"ではなく、テキストに根差した数字として「2,112」を選んだといいます。この徹底したこだわりこそが、数ある映画コラボウォッチの中でも本作を際立たせているポイントと言えるでしょう。
余談ながら、時計業界で「オデュッセウス」にまつわるモデルといえば、A. ランゲ&ゾーネが2019年に発表した「オデュッセウス」も見逃せません。同ブランド初のステンレススティール製ラグジュアリースポーツウォッチとして誕生したこのコレクションは、10年もの歳月をかけて開発されたことから、10年の歳月を経て故郷イタケー島へ帰還したギリシア神話の英雄になぞらえて命名されたと言われています。今回のハミルトンとは題材こそ同じ古代の英雄譚でも、アプローチはまったく対照的。片やドイツ高級時計の技術力を象徴する存在として、片や映画とのタイアップによる物語性豊かな一本として、それぞれ異なる角度から「オデュッセウス」の名にふさわしい時計づくりに挑んでいるのは興味深いところです。
A.ランゲ&ゾーネから、ブランド初のスポーツモデルとなる「オデュッセウス」が登場。
| モデル | カーキ フィールド オート オデュッセイア Khaki Field Automatic The Odyssey |
|---|---|
| 型番(Ref.) | H70675530 |
| ケース素材 | ブロンズ(ケースバックはチタニウム製) |
| ケースサイズ | 直径42mm × 厚さ10.9mm |
| ストラップ | カーフレザー、ピンバックル |
| ダイヤル | ブラック |
| ムーブメント | Cal. H-10 |
| 駆動方式 | 自動巻き |
| パワーリザーブ | 約80時間 |
| 防水性 | 100m(10気圧防水) |
| 希望小売価格 | ¥209,000(税込) |
※販売開始時期・価格は予告なく変更される場合があります。
「カーキ フィールド オート オデュッセイア」は、劇中に一度も登場しないにもかかわらず、いや、登場しないからこそ、物語そのものを凝縮したような一本に仕上がっています。青銅器時代という時計仕掛けの存在しない世界を、ブロンズという素材、兜や剣というモチーフ、そして「12」という数字への徹底したこだわりを通じて表現する——これはブランドロゴを貼り付けただけの安易なタイアップ商品では決して成し得ない仕事です。
ハミルトン愛好家にとっては新たなコレクションアイテムとして、そして『オデュッセイア』のファンにとっては映画の余韻を日常に持ち帰るための一本として、世界限定2,112本という数字の重みとともに、ぜひ注目してみてはいかがでしょうか。日本国内でも既にハミルトン公式サイトで案内が始まっており、価格は209,000円(税込)。気になる方は、映画の公開に合わせて詳細をチェックしてみてください。
なお、ノーランファンの皆様におかれましては、『インターステラー』で話題となったハミルトンの”マーフウォッチ”こと”カーキフィールド マーフ(Khaki Field Murph)”はレギュラーモデル化して、38mmと42mmで展開されています。こちらは148,500円~183,700円とややお手頃価格にて入手可能です。こちらも合わせて検討されてみるとよいでしょう。
ハミルトン カーキフィールド マーフ(Khaki Field Murph)も魅力的。
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